THE MSGS ”CHUCK” インタビュー
2018年を迎え新年早々、昨年発売された新譜「CHUCK」が絶好調のTHE MSGS全員を迎えインタビューを実施。
途中、寿司の話が始まりますが、レコーディングエンジニアのTakeya氏も参加して先日のレコ発も絶好調だった彼らの意気込みをどうぞ。
Q:THE MSGSってどういう意味??
Paal(Guitar/Vo、以下 P): グルタミン酸ナトリウム(MSG)のことだよ。うまみ成分のことね、味の素とかに入ってるアレの複数形。
Q: 今回のアルバムの曲はいつから作ったの?
Paal(G/Vo、以下 P): 来日してからずっと制作してたので、期間的にはだいたい3年てとこかなぁ。
GIVEGIVE (Bass/Cho 以下 G): 曲に関しては、結成当初からある曲が半分で、今のメンツになってから半分って感じですね。
Takeya(STAND RECORDINGS代表 以下 T): あー寿司食いたい。
Q: …?
T:将太の寿司を全部250話くらい読み終えて、江戸前の旬を読み始めてから毎日寿司食いたいんよ。
PAY MONEY(Drums 以下 PM):しょうたの寿司ハマるらしいっすね。
T:ハマる
PM:俺も食いたくなってきた…。
G:俺たち今度大分で行われる激握りナイトに出るかもしれないらしくて、漁師が4人来るらしいですよ。
T:おーアレ出るんや。寿司食いてぇ・・・
Q:インタビュー続けますね(笑)。
T:あっ終わってなかったんや。
Q:寿司食いに行きます??
T:いやいいよ始めりーよ。
Q:じゃあ続けますね。
T:寿司食いたい。
Q:ではとりあえずMSGSの結成の経緯から。
G:ポールが2015年くらいに全く違うメンバーと結成したんよね。
Q:どうやって組んだの??
P:アーティストレジデンスで、3ヶ月の旅に出ながら自分の作品を作るというプロジェクトの関係で、福岡に来たことがあって。まずはそこで友人のJonとCarter(the PRACTICE)と知り合った。
G:因みにその時に俺はポールと会ったことがある。しかも全然、日本語喋れない時の。
P:そう、全然喋れなかったんだよ。
G:とあるライブに来ていたポールに、snarekillsnationのドラムがノリで話しかけて、ポールがアニメーターってこともわかったんだよね。
P:タカユキは自分のことをGIVEGIVEと呼んでと言ってきたのを覚えてるよ。
Q:俺あげるあげるみたいな(笑)
P:外国人が自分の名前を呼びにくいから自分でつけたあだ名らしいよ(笑)。
G:それからちょくちょく会ってたんよね。
P:それから福岡に滞在している間に博多に行ったら右翼がたまたまデモしてて、そこで「NO RACISM」の看板を持っている人がいて、衝撃だった。右翼とのやりとりを見ててイラついて、無意識に近づいて行ったら警察にパスポート見せろとか色々言われて(笑)。
そこに、友人のMottieとかPoint Getterのメンバーがいて、その晩に西新JAJA(福岡のライブハウス、現在閉店)でパンクロックのライブがあるから来ない?って言われて行ったことがある。
U SPAN D、Alcoholix、End Of Pollutionとか出てた気がする。
PM:俺もそのデモのときにポールに会ったよ。
ライブは確か広島からNEVERAGAINも出てなかった??
T:ネメシスも出てたね!
P:その滞在を経て福岡の生活も気に入ったし、SNSなどで福岡の知り合いとたまにやりとりしていた。福岡に住んでバンドもしたいという気持ちが強くなっていったんよね。それで福岡に移住してから、メンバー募集してCarterの紹介でYamashit、日田在住の友人Chris(The Routes)が紹介してくれたPUNKをそんなに好きじゃないAaron(Godzilla Snacks)と結成した(笑)。
G:それから1年くらい経って、Stand-Bop(福岡のクラブ)で行われている”KNOWLEDGE”というイベントにTHE MSGSがライブするので、見に行った時に、デモ音源を作ってて、マレーシアツアーも決まってるが、ポールからベースが抜けるかもしれないという話を聞いた。ちょうどその時、自分のバンドがうまくいかない、仕事が暇(1か月後逆転しますが)という最悪な時期だった。ツアーがあるなら「じゃあ俺弾くよ」と自分から言ったのは覚えてる。バンドに入るとか入らないとかじゃなくツアーに行きたかった。海外でライブしたかったから。
P:それでマレーシアツアーに行ったね。
G:結果として本当に色々あったツアーだったけど、バンドが良い意味でも悪い意味でも変わった。ツアー後、俺はTHE MSGSをやるっとなっちゃったんよね。
Q:そんなにそのツアーが衝撃だったんですね。
P:結構衝撃だった。メンバー間も仲良くなって、共通の感覚も掴めるようになったし。
Q:マレーシアのパンクコミュニティは??
G:そこまでしっかりはしていない。日本と一緒。90年代で上がって下がって、今は下火。
KEN YOKOYAMAが一番有名だった。みんなPIZZA OF DEATHのTシャツ着てた。
あと、MEANINGがマレーシアツアーしてるみたいだったからフォロワーも多かった。
Rumah apiというスペースは、日本のバンドがたくさん行ってて、感動した。
Q:そのマレーシアツアーが終わってからPay Moneyが入ったんですね?
P:PMとはそれまでも2人でスタジオ入ったり、ちょいちょい遊んでたんよね。
UTERO(福岡のライブハウス)の外でJAZZの話とかしてたね(笑)。Millabillsのライブでドラム叩いていたの見て彼のドラムのことも好きだったし、音楽的な話が色々できるなって思ってたよ。
PM:繋がりがあったから、特に加入とかじゃなくてすごく自然に入ったな。色々あってドラムが抜けていた時にライブも決まってるから叩いてくれないかって言われて。
T:寿司を食いに行こう。
Q:もうちょっと待ってくださいね(笑)
では今後どんな感じの動きですか?
P:寿司屋ですね(笑)とりあえず。
G:とりあえず寿司屋に行ってから。
PM:来年の春くらいまでツアーが入ってますよね。
G:だいたい半年くらいかけて、来年は月1で色々行こうと思ってる。
1月から広島、3月に四国、4月に東京行く予定ですね。
調子が良ければ、アジアとかヨーロッパも行ければ攻めたいです。
PM:凄い(笑)
G:いやこれでも少ないよ(笑)
Q:新曲ができてるんですか??
G:ちょいちょいできてますね。
ツアーも含めて、もうできる時にしとかないとできなくなるし、
やれることはやっておきたいです。PMが明日死ぬかもわからないし(笑)
PM:俺?(笑)
Q:ありがとうございました(笑)
その後、Paal以外のみんなでお寿司を食べに行きました。
マグロづくしが美味しかったです。
以上、THE MSGSのインタビューでした。
(interview / PEAR OF THE WEST・Sho)